Series

  • 101 Posters (1980-84)

    101 Posters (1980-84)

    1980年、「ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ」で、わたしの個展ポスター〈Kijuro〉が特別賞を受賞している。その時、世界的に著名な現代美術家や建築家等を取り上げているポーランドの芸術雑誌『Projekt』から、わたしへの特集依頼があり、特集記事を組んで、同時に、パーマネントコレクションにするという内容だった。コレクションされたポスターは、56x40cmに縮小されて印刷され、それを四つ折りにして、1冊1冊に挿入されたのである。 更に第二弾の特集依頼があったことで、1980年から1984年迄にポスターの中に言葉を一つ入れ、この言葉から啓発されたコンセプチュアル・ポスターをシルクスクリーンの手法で101点制作している。 このシリーズのコンセプトとは……。当たり前と考えられていることに対して、疑いを持って対峙することで、どの様なことが明らかになって見えてくるのか、それに言葉が厳密にどの様な意味を持つのか、あるいはいかに曖昧さを持つ言葉であるか等を探ることだった。つまり、概念の意味、概念の精査のみならず、概念変換の可能性を探ることに狙いがあったと言える。初めユーモアを含む作品がわたしの関心事の一つだったが、次第にそのユーモアの要素が薄まり、よりコンセプトそのものを考えることに重きが移っていくことになった。それ等のコンセプチュアル・ポスターが依頼された通り、『Projekt』に特集され、また、2度目のコレクションとなり、〈NON!〉のポスターが1回目と同じに1冊1冊に挿入されたのである。 

  • Shot by a Sight (1988)

    Shot by a Sight (1988)

    〈Shot by a Sight〉のコンセプトは、初めて見た箇所として、ほぼ中心に、1つの白い小さな円を置くというもの。初めて見た点とは、言う迄もなく形而上の世界を意味し、1つの白い小さな点はその象徴である。 

  • One's Point of View (1994)

    One's Point of View (1994)

    白いドーナツ型の内側に接した映像は、白いドーナツ状の外側の円で切り抜かれた映像を、内側の円迄縮小したものである。 映像をある箇所から切り離して、そのまま縮小して余白を出現させる何の変哲もない作品なのに、その余白は単なる余白ではなく、彼方迄続く奥行きがあって透明感もある宇宙空間と映るものである。このことは、わたしにとっても大きな発見となった。浮遊している小さな円の映像と共に画面を見ていると、宇宙空間とも見做せる白いドーナツ状の余白が作用し、内側の白い円の映像が、外側にある映像と同一平面上にあることを拒否し、自立しながら微妙に動き続けていると感じられるのである。 次が、日本を代表する建築家、槇文彦氏の評。 「私がもっとも評価するものの一つに、彼の撮った被写体に対し、その上に白いドーナツ型の円板によって、ある部分を切り取った、〈One’s Point of View〉がある。驚くべきことに、切り取られた部分は白い円環によって完全に上位の被写体から独立し、あくまで被写体の一部でありながら、全く異なったイメージの世界がそこに表出されているのを発見する。恐らく最初の被写体を撮った時には、そうしたイメージが存在することを予想している訳ではないだろう。しかし切り取られたイメージの存在は、全体と部分の間にある的確な輪郭とプロポーションがあって初めて可能なのである。それは一つの創造的行為である。恐らく一つの被写体には、こうしたimaginableな部分が無数に隠されていることを示している。そしてそれぞれの部分は、その中にまた、無数の部分を持っている可能性も示している。(中略)写真のみが可能とするアート、矢萩はここでも無限小の世界の存在を示唆する視覚芸術の新しい地平を切り開いたと言えよう」 

  • Events presented themselves to me  in their logical sequence (1989)

    Events presented themselves to me in their logical sequence (1989)

    何回となく加筆し、それでも未完のまま終わってしまった書き手、あるいは同じ様に挑戦しても途中で断念してしまう創作者もいるのではないだろうか。 とは言え、わたしは、その様な行為を無駄とは考えない。すぐに頭に浮かんだのが、ポール・ゴーギャン(1848-1903)の、《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》(1897-98)の作品。描かざるを得なかったのは、タヒチの夜空を見ているうちに、宇宙に魅了され、未知の世界と感応したからではなかったか。創造することとは、捕らえられないと思っていたことでも、それを呈示できるかも知れないと信じ、冒険に果敢に挑戦すること。つまり、初めて目に見えるようにすることに挑戦することと言える。 

  • Existence Appearance through Insight (2000)

    Existence Appearance through Insight (2000)

    ヴェネツィア、サン・マルコ広場から海に近付き左に進むと、石橋がある。その手摺に、ある間隔を開けて石の彫刻の装飾がある。わたしは何回かその石の彫刻の装飾を、美術品をさわるように両手で撫で回していた。その経緯を通して、わたしは、対象に対して、穴が開くぐらい視線を注ぎ愛でたのだとも思えてきた。その状況の視覚化を試みたのがこの作品群となった。 

  • Perceiving by Sight  (1992)

    Perceiving by Sight (1994)

    最初の作品〈Shot by a Sight〉(1988)を発表してから4年が経過した時に生まれた作品の〈Perceiving by Sight〉。人間の瞳孔がどの様に動くかを機械で読み取り、そこで得られたデータを図式化したものである。 今まさに対象となっている人物や事物の、全体あるいは部分を見て把握する行為に注目すると、あくまでも、その都度、その都度の、一回限りの把握方法であることを知れば、誰もが衝撃を受ける筈。そうなる理由が、人間の視点が、その時の心の有り様、身体の調子等に全て影響されて動くことが必須だからである。同じ素材を見せられても、瞳孔の軌跡が明らかに違ってくることを知っただけでも、視覚に対する興味がより強くなっていくことを感じる。 

  • Thin-Skinned (1994)

    Thin-Skinned (1994)

    薄い皮膚や皮膜とも訳せる〈Thin-Skinned〉のシリーズに敢えて挑戦したのは、今の状況は、薄い皮膚や皮膜というレイヤーに覆われて邪魔され、現実世界が見えにくくなっていることを示したかったからである。我々は日常、それ等のレイヤーが覆って邪魔している状況、あるいは自分が意識して積極的に隠す状況があると認められたら、本質に迫るには、必ずや勇気を持って、現実世界を直視することが重要になると考えたから……。 

  • Hidden Accumulated Vision (1998)

    Hidden Accumulated Vision (1998)

    人間の視点は、不規則に積み重なって、それぞれの記憶をインテグレート(統合)して、事物、対象を見ている。〈Hidden Accumulated Vision〉は、多くの部分から成り立っている全体像を示す為に、視点が累積した事実を具体化しようとした作品である。 全体は目が眩むぐらい多くの部分から成り立っていて、「視点のブレ」、「多視点」をインビジブルなものからビジブルなものへ変換した視点が累積した事実を、具体化しようとした作品とも言える。 けれども、〈Hidden Accumulated Vision〉のシリーズが完成したものを見ると、インテグレートして全体の姿を見せるだけでなく、物体が全体の姿を成立させている構造が解かれ、崩れ落ちるまさしくその瞬間を示しているとさえ感じるようになる。つまり、創造と破壊の両義性を含んだ作品だと言うように……。 

  • View Points of Intersection (1999)

    View Points of Intersection (1999)

    対象となっているものを写真に撮っている時は気付かないが、撮影に目処が立った時に、決まって、幾重にもレイヤーが重なっている情景が頭に浮かぶようになっていた。そう感じ始めたのは、都合良く同じ面、あるいは空間に重ならない状況があると感じたからである。何かに注目して見ていた時、注目している箇所は確実に把握できていても、それ以外の箇所は意識しているかさえ心細くなることがあるように……。全体像は曖昧な記憶の集合でようやく成立しているもの。だからこのシリーズで挑戦していることは、曖昧な状況の顕在化、あるいは明確化することと言えるだろう。 

  • Magnetic Vision (2009)

    Magnetic Vision (2009)

    創造する者に依って切り取られる、つまり限定される画面。言い換えれば、画面より広い周囲がどの様になっているか、それを推測することに関心を寄せて制作した作品が、〈Magnetic Vision〉のシリーズである。それは、磁力で引き寄せるように、画面より一回り広い世界が取り込めることを期待した試行だった。 

  • Space of Magnetic Vision (2014)

    Space of Magnetic Vision (2009)

    〈One’s Point of View〉(1994)を制作してから、20年後に制作したシリーズである。〈One’s Point of View〉は一つのドーナツ型の白い余白がある作品だったが、〈Space of Magnetic Vision〉は、白いリングの中にまた白いリングがある作品である。〈One’s Point of... 

  • UNIVERSE (2020)

    UNIVERSE (2020)

    〈UNIVERSE〉と名付けたのは、わからないもの、理解出来ないものへの期待を込めてである。この言葉から、すぐにも宇宙を連想できるように、謎の部分を多く秘めているからこそわたしを魅了するのだろう。何を素材にした作品かと言うと、特別な素材でもなく、どこにでもあるものである。わたしは、たとえ身近なものを素材にしても、宇宙を連想できるものを生み出せると思う。それでもと思うのは……。宇宙への憧憬は、ルネサンスを引き寄せ、月に着陸し、次々に人類が他の惑星の秘密を知り得たとしても、謎の秘密が明らかにならないようにいつまでも遠ざかり、永久に解明されることがないということなのだろうか。 

  • Fragment (2020)

    Fragment (2020)

    わたしがこの2種の作品を制作した契機になったのがトリスタン・ツァラ(1896-1963)の詩集の後書き(宮原庸太郎「ひとりの読者から読者へ」/トリスタン・ツァラ『人間のあらまし』/書肆山田/1986)だった。 「……わたしたち人間はなぜ、どこから、どこをどのように通ってこの世界にやって来たのか?わたしたちはなぜ今ここに、この自分として(他の時、他の場所、他の人としてではなく)存在するのか?そしてやがてある日ある時どこへ去るのか、あるいは帰るのか?あるいは永遠にさまようのか?いや、この命の日々さえすでにわたしたちが知らぬままに始まり、そしてその行方を知るよしもない彷徨と転落の一過程にすぎないのではあるまいか?そしてこのわたし、それはたれなのか?このわたしはわたしなのか?わたしが話しかけるこのわたし自身、それはたれなのか?そしてわたしたちの中にあってわたし自身ではない(らしい)かれ、それはたれなのか?」 

  • To the Best of One’s Memory (1990)

    To the Best of One’s Memory (1990)

    この作品は、ほぼ3等分された画面の左3分の2と右3分の1に分けられている。左上端に1-7の番号があり、1番目の左3分の2の画面と2の左3分の2が重ねられたのが、1の右3分の1になっていて、その構図が最後迄続いている。漆黒の物体があったとしても、それは、幾つもの雲母状のレイヤーとなる物が重なってできているのだということを示したものである。 

  • Mirage on Mirage (2023)

    Mirage on Mirage (2023)

    現代の地表は乾いていて潤いがなく、我々人間に対して、実にそっけなく振舞う。 そのことを、現代を映すミラージュと意識できたなら、この様な現実に楔を入れ、もう一つのミラージュのレイヤーを重ねることができるのではないだろうか。 そうなれば、人間にも、潤いがあって豊かな眼差しを注ぐことができる、現実との向き合い方が可能になると思うから。 

  • Muso Window (1983-84)

    無双窓

    人それぞれ違うと思うが、わたし等は、自分の気持が白か黒かを明確に表明したいという欲望がある。けれども、一方で、白とも黒とも言えず曖昧な態度しか表明できない状況があることも知っている。わたしが、その精神の有り様に注目していた時、日本の木造建築にある、連子を前後に二つ並べて外側を固定し、内側の連子窓を動かして隙間を調節して風が入り込む度合いを変える為の装置、無双窓を頭に浮かべていた。何故、無双窓をイメージしたかと言えば、我々のその都度の精神の有り様を抽象化して語る装置と思ったことに因る。 閉じられた箇所を黒、そして外部が見える隙間を白として考えると、明確な白、黒から、曖昧に白が少なくなって、終いには全く白が無くなる。無双窓の原理。わたしはこの必ずしも白と黒が明確に分かれているものばかりでなく、風の調節を考えた半開き、閉められる直前といった曖昧なものを見ると、曖昧なものにも、いつしか強く惹きつけられることになったのだった。